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ペイント考察

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静岡に新しく出来たSUNFLOWER COFFEEさんの看板を制作した。

1800×900というなかなかの大物。

下書きをいれると10日間くらいかかった。

板の種類、枠の幅、フォント、文字やシャドウや背景の色、レイアウト、

無数の選択肢の組み合せのなかから出来た一枚は、本当に愛おしいもの。





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設置してもらう。

あぁ、なんか嬉しい。

結局、今回コーヒーは飲めなかった。

でも、タッグを組んでいる焙煎所の豆は何度も飲んでいて、味も香りも最高。

焙煎所も静岡市にあるので、常に焙煎したての豆がSFCでは使用されている。

近くに来たときは寄る価値はあり!





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現地でも、ウインドウや壁にサインを丸々3日間描いた。

描いている途中に、感度の高いおじさんやおばさんに何度か声をかけられた。

ひとりのおじさんは近所でカレー屋さんをやっているらしく

次の日食べに行ってみたら、想像以上のうまさで驚いた。

コーヒーも文化だけど、カレーも文化だと思う。

もちろんサインペイントもね。





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これは、オーナーにプレゼント。

すると、よほど気に入ってくれたのかお店のフロントに設置。

夏はどうすんの?





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東京に戻ってからも、また描きたくなったのでベニヤの端切れで描いてみた。

こんどは色を春らしく。





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いいのが描けたので、早速ギャラリーあいつに設置。





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ちなみに前回の展示もハンドサイン。(これはキャンバス)





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夜、酒を飲んだ勢いで友人のアトリエに遊びに行って、せっかくだから皆で何か描こう!

と、いうことになった。

紙をもらって、さあ描こう!となった瞬間に友人がインクをわざとこぼしだした。

「こいつ、半端ねぇ。。抽象してるなぁ...」と固まるオレ。

「どうだ!」と、言わんばかりの友人。

だけど、絨毯にポタポタと滴るインクをみて

「さすがにコレはまずいだろう...」と

全員で絨毯に染み込んだインクを拭き取る。

こうしてわずか2秒足らずでお絵描きタイム終了。(掃除は30分)

で、出来たのがこれ。
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すごい勢い。

書ではないけれど、井上有一の勢いにも負けてないと思う。

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「花」 井上有一




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「くビガもげました」 井上有一







何度も下書きをして、きっちり型にはめて描くことの美がサインペイントだとしたら

井上有一は、剥き出しの心を一発で書に表す美だ。

しかし、剥き出しの心を表現するにはサインペイントはあまり向かない。

なぜなら、サインペイントは個人が個人のために描くモノではなく、

ショップサインやパブリックサイン、またはアドバタイジングなど、

サインとしての用途があって、成り立っている歴史があるからだ。

そのように考えるとサインペイントにとって抽象とは、あくまで副産物でしかない。

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例えば、このように余分なインクを拭き取る布。


 
 
 
 
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または、パレット代わり使用する雑誌も

狙いがないので、無垢で新鮮に見えるときがある。






エッセイや小説のように、多くの字を使い

剥き出しの心を表現する人たちもいる。

最初に井上有一の書を見たときに野坂昭如の「骨餓身峠死人葛」を思い出した。

うまく言えないけど、この2つはとてもマッチしている。
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小説と絵画、書やサインペイントと一見なんの関わりのないようなモノが

繋がって見えることは嬉しいことだ。

自分は星野道夫の「旅をする木」にマッチするものが描きたい。

とか、おもったりしている。






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子供とペイントすると、なぜ自分がこれほどこの作業にのめり込んだのかがわかる。

答えは簡単、たのしいからだ。

インクや筆や紙を用意してやるとき、子供の表情は輝いている。

そして、惜しみない剥き出しの心でなにかを描いている。
 
 
アーティストにとって本当の勝負とは

自分の作品がどれだけ有名で高値で取引されるか、ということではなく

この状態を何歳まで保つことが出来るのかで、決まるような気がする。

 
 


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これは、最近の一番下の娘が描く暗号のような文字を自分が模写して

そのうえから、友人がインクをわざとこぼしたもの。

自分がオリジネーターではないが、自分がいないと出来ない。

まわりの人間から自分を媒介してできあがったこの絵の過程が

なんか、すごくスタイリストっぽくて気に入っている。

(H)

SIGN PAINTING in SAN FRANCISCO


小さい頃から意味のわからないものに惹かれていた。


小石をアウトサイドで蹴ると、くるくると回転するのだがその回転が止まるときに

必ず蹴った方向とは逆回転になって止まることを知った時期は

とにかく小石を蹴ってけって、蹴りまくりながら帰った。


時折、喉の奥から出てくる小さな欠片をつぶすと自分でも信じられないくらいの異臭を放ち

そのことについて地元の友だちと「あれは何なんだ?」論を朝まで続けたが

結局、答えは出なかった。

(僕らは当時この不気味の物体の名称がわからず「ピーナッコ」という俗称をつけていた)


たまに朝一番のオシッコがVの字に割れてしまうのはなぜなんだ?

という話を呑み屋でしているときに

ふと、今現在この話題で議論を交わしているグループは世界中で何組ほどいるのだろうと思うと

恐ろしくてその場から立ち去りたくなるが、確実に惹かれている自分がいる。

(ちなみにVの字の理由は納得のいく答えが見つかった)


そんなノリで生活していると「意味のわからないもの」は自分の眼前にコロンと転がってくる。

そのひとつが「サインペイント」である。

最初はこのカルチャーがあることも知らなかったし、色々調べてみるとすべて謎だらけ。

まず、実際に自分でペイントしたくても材料が画材屋さんで売っていない。

で、たどり着いた先はMOONEYESという本牧のHOTROD系のお店。

でも、HOTRODは基本はピンストライプなので、自分が知りたかったサインペインターの

情報はあまり得られなかった。

そんなときにネットでペイントのワークショップを見つけて意気揚々と参加するのだが、

やっぱりそこはHOTROD系だった。

近づこうとすればするほど、遠のいていくサインペイント。

そこで、自分はサインペイントへの気持ちを企画にして雑誌POPEYEにプレゼンするという

大勝負に出た。

そのときにサンフランシスコのサインペインター達の取材で得たものは多く、

今までのモヤモヤした気持ちはベイエリアの乾いた風と一緒に吹き飛んでしまった。
(その取材で自分の得た知識はすべてPOPEYEの「西海岸特集」に書いてあるので
興味のある人は是非!)


このカルチャーはとても興味深く、はやくこの「サインペイント」というものが多くの人たちに

浸透してほしい。

日本でもサインペインターと呼ばれているプロの人たちがいて

その完成度は舌を巻くほどの素晴らしいサインが観られる。

20世紀初期のサインをモチーフにしているものは、文字だけでなく装飾やエイジングなど

見所が満載、へたなギャラリーに行くよりよっぽど楽しい。

でも、自分の興味の対象は「作品の優劣」ではなく違うところにあって

じつはそれは素人のサインである。

サインの不思議なところは一見完璧に描いてあるものも間近で見ると

案外バラバラなものもあり、それがまたいい。

また、ヘタクソなサインも2回、3回と繰り返し見ると、なかなか味わい深いものに見えてくる。

そして「ほっとする」

あえて言うと、この一言に尽きる。

今の街の風景はなんでもかんでもパソコンで出力された文字ばっかりで

なんだか図形を見せられているような気持ちになる。

街の看板をすべて手描きにしろとは言わないが、もう少し多くたっていいじゃない。
(洋服だって手作業の一点モノを売り出しているんだから...)

そんな思いでサインペイントの本を作ってみた。

ゆるゆるのサインがたくさん載っていて、きっと描きたくなるよ。

皆さん、どうぞよろしく。


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Sign Painting in San Francisco

Direction, Photos by Ryoji Homma
Book Design by Noriteru Minezaki((STUDIO))
Production by Hiroshi Kagiyama(keys)

Printing by Tosho Printing, Japan

Edition of 1,000

¥840-

Published by 2-tacs

2-tacs concept shop / The Fhont Shop
2-5-7 Higashiyama, Meguro-ku, Tokyo 153-0043 Japan
+81(0)3-5724-7232
http://2-tacs.com

© 2012 2-tacs

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NORTH FACE STANDARDで開催中の「#7DAYS IN ALASKA」の1階は

こんな感じで写真50枚に手描きのサインを入れた。

予想以上の反響でレセプション当日にすべて売り切れたのは本当にありがたいことだが、

このまま展示品がないのも本末転倒なので、いま必死になって描いている。

12/25にはまた納品するので、機会があれば是非!
(4階の展示も!)


H

古着考察

僕は季節の変わり目になると、古着屋をくまなく見てしまう癖がある。

古着が苦手という人も多いが、

幼少の頃より古着の英才教育を受けていた僕はへっちゃらです。(次男)

渋谷、原宿、下北沢、高円寺、早稲田とグルグルまわる。

先週は吉祥寺に三回も足を運んだ。(いい街ですね)

新品の洋服にもモードがあるように、古着にだってモードはあるし

セレクトも多様に変化している。

最近あらためて「古着のどこが良いのだろう?」と考えながらブラブラと古着屋をまわっている。

すると、いくつかキーワードが浮かんできたので並べてみた。

「素材」、「いろ」、「シルエット」、「サイズ」、「タグ」、「時代背景」、「品質」

「プライス」、「懐具合」、「試着」、「ダメージ」、「雰囲気」

「キュンキュン」、「これ、お願いします」

と、合計14個の言葉。

これだけでは意味がわからないので、

僕が古着を購入するまでの経緯をまとめてみた。


題名「僕の古着の買い方」

カチャカチャとハンガーを動かしながら、洋服を見る。

「素材」、「いろ」、「シルエット」、「サイズ」が

自分の好みと合致したらラックから取り出す。

今度は「タグ」を見て、そいつの「時代背景」や「品質」を探る。

そして、大事な「プライス」チェックはさりげなく。

そこで自分の「懐具合」とうまく折り合いがつきそうでも

まだレジへ持っていくには早い。

「試着」をかまして「ダメージ」や「雰囲気」を確認。

問題なし。

「キュンキュン」する胸を撫でつけ、

決して店員さんには悟られぬようレジにて「これ、お願いします」と、さっと一言。

と、まぁこんな具合で買っている。


これらのキーワード

「素材」、「いろ」、「シルエット」、「サイズ」、「タグ」、「時代背景」、「品質」

「プライス」、「ダメージ」

の9ワードは古着自体が持ってる情報であり、

「懐具合」、「試着」、「キュンキュン」、「これ、お願いします」

の4ワードは僕(もしくは消費者)の主観であると定義しても問題がないだろう。

「素材」、「いろ」、「シルエット」、「サイズ」、「タグ」、「時代背景」、「品質」、「ダメージ」

の8ワードによって、「プライス」が決まる。
(ここまでは商品が持つ情報)

その情報と自分の「懐具合」との折り合いがつけば、

僕は「試着」の動作にはいる。

そして、僕自身と古着の「雰囲気」があえば、胸が「キュンキュン」して

レジにて「これ、お願いします」となるわけだ。


この中に情報としては曖昧なものがひとつだけ混ざっていることにお気づきだろうか?

「雰囲気」というワードのみ、古着側でも僕側でもない。

この言葉は古着が持つ9ワードの情報と、僕の4ワードの主観とがうまく合致したときにだけ

にじみ出てくるものなので、どちら側にも属さないワードとなる。

どんなに良いものでも、自分に似合わないものは似合わないし、その逆も然り。

結局、僕はその「雰囲気」を探して、街をフラフラしているのかもしれない。

秋の古着屋巡りの折に、そんなことを思った。


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最近購入した90'sペリーエリスのニット。
気に入っている。


H

#7DAYS IN ALASKA

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アラスカから戻ってそろそろ3週間が過ぎる。

東京に戻ってからも今日までアラスカのことを考えない日はない。

それほどまでにアラスカの自然は僕の想像を遥かに超えた大きさや美しさで

あの時の空気感というか感触みたいなものを

今でもはっきりと覚えている。

帰ってからは、しばらく作業が手につかずに

何とも言えない脱力感が僕につきまとっていた。

こんなことを言うのはおかしな話だけれど

なにか反省したい気持ちになった。

普段は初めての場所を訪れ、そこでいい景色を見たら、

心も体もリフレッシュして

東京ではインスピレーションが湧いていい作業が出来ていたのに

今回の旅はどうも今までと違う。

何をやっても、自分のしていることが小手先にしか思えず(まぁ小手先なのだが...)

途中で作業を止めてしまう。

心の中でどうせそんなのものを作ってみたところで

あの感覚を表現することなどできやしないと、思ってしまう。

悔しくて、ちょっと恥ずかしいような本当に妙な感覚だ。

どうやらアラスカで僕が見たものは僕自身の感覚をおおきく上回るもので

どう考えてもキャパオーバーだったのだ。

困惑はしたけど、こんな心持ちになったのは生まれて初めてのことだったので

しばらく僕は自分を解放してみることにした。

何かを描きたくなるまで、描かなくてもいいし

仕事の量も出来る限り減らした。

それでアラスカのことばかり考える日々をしばらく続けていた。

きっと、この先ずっと僕はアラスカのことを考えて生きていくのだと思う。

たったの7日間で、一人の人間の意識をも簡単に変化させてしまう「旅」というものは

時代がどんなに変わっていっても、その価値だけは変わらないのかもしれない。

#7DAYS IN ALASKA

よくよく考えたら、もう3年以上も作品の展示はしていない。

今回は思いっきりやってみようと思います。(気持ち95%小手先5%)

(H)

AKPD

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30枚セットのポートフォリオをアンカレッジの古本屋でみつけた。

その写真に取材中に拾った言葉を描いてみると、なかなかおもしろくて

夜は色々描いてます。


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DENALI

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Alyeska

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moose

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Yellow Leaves

どこを見ても、息をのむほどの美しさ。

どこを見ても、すべてが生きている。

ひとつのものを凝視すると

自分が、どこにいるのかわからなくなる。

Alaska Photo Diary


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